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更新日 2022/04/12

私たちに求められる「同意形成」とは?

上村英明 市民外交センター

私たちのグループは、「森・川・海のアイヌ先住権研究プロジェクト」を名乗っています。いま、国際的にも国内的にも、研究者による研究行為、とりわけ先住民族を対象とする研究や調査に、高い倫理が求められていると思います。先住民族アイヌの権利の回復をめざす私たちのグループも、アイヌへの聞き取り「調査」やそれを土台にした「研究」などを計画しているわけですから、その例外ではありません。ここでは、その方法として「同意形成(エフピック・FPIC)」の原則と「研究倫理」に関して、お話ししたいと思います。両者には異なる部分があると同時に共通した部分もあります。最も大切な点は、「調査」・「研究」の対象者と、一般に外部者で構成される研究者との間に、大きく不公正な力関係のアンバランスがあることです。これは現時点ばかりでなく、長い不正義の歴史ともつながっています。では、私たちは具体的にどうすれば、公正な関係へ近づきあるいはその倫理を保てるでしょうか――?

先住民族の自己決定権を確保する

まず、エフピック――つい英語の略称を使ってしまうので改めたいのですけれど、「合意形成」と訳す人もいますが、「同意形成」と訳しましょうか。2007年に採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP、以下国際連合宣言)」が、国家などに求めている手続きのことで、”Free Prior Informed Consent”、「(先住民族による)自由で、事前の、十分な情報にもとづく同意」といった意味です。4語の頭文字を並べてFPIC(エフピック)と呼ばれています。さきほどの「国際連合宣言」には、先住民族の自己決定権が明記されていますが[1]、それを具体的に実現するひとつとして考案されたのが、この「同意形成」の手続きです。一般的には、大規模な開発プロジェクトに対し、先住民族の、とくに集団的な権利を保障することを目的としています。森林管理協議会(FSC)などが行う国際森林認証制度では、企業や事業体に対して地元の先住民族へのFPIC=同意形成を認証の条件に挙げる公的制度もすでに生まれています。

しかし、極めて重要で強力な権利だという点で、これを否定したり、弱体化させたい政府や企業の抵抗も小さくありません。2007年9月の国連総会で「国際連合宣言」案の採択の投票で、オーストラリア・カナダ・ニュージーランド(アオテアロア)・米国の4カ国は反対票を投じました。これらの国々が宣言採択に反対した理由のひとつが、この同意形成条項でした。外部から持ち込まれる事業計画などに対して、地元の先住民族の「同意」を認めると、「拒否権」の行使のように事業が白紙に戻りかねない、という心配があったからです。(4カ国は数年後に態度を転じて、現在は宣言支持国です。)

拒否権のちから

繰り返しますが、この「同意形成」の権利は、国連宣言に列挙された数々の先住民族の諸権利の実現を図る上で、きわめて重要や考え方だと思います。一般的な政策案や事業計画を実施する場合の「合意形成」の場面では、多様な働きかけの相手は「利害関係者(stake-holder)」と呼ばれますが、先住民族に対する「同意形成」の手続きにおいては、先住民族は「権利保持者(right-holder)」とみなされます。つまり、先住民族が自己決定権をもつ領域・領土の中で、外部の者によって行なわれようとするあらゆる行為に対して、たとえそれが大企業や国家によるプロジェクトであろうと、先住民族は「No!という権利=拒否権」を持っている、ということです。

いま、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにしながら、国際連合・安全保障理事会が強制力をともなう侵略中止命令を決議できないのは、常任理事国ロシアが拒否権を発動しているからです。拒否権は、それほど強力な権利です。

「国際連合宣言」は、第10条(強制移住の禁止)[2]、第29条2項(有害物質の貯蔵または処分計画)[3]、第32条2項(領域、資源に影響する開発計画)[4]で、先住民族の同意形成を国家などに義務づけています。これが本当に誠実に実行されれば、開発問題や環境保全の解決に大きな力を発揮すると思います。

同意形成の実例をみる

先住民族の同意形成を事業計画実施の前提条件にする、というこのやりかたは、世界銀行に先例があります。第二次世界大戦の後、復興や新興国家建設の費用を各政府に融資するために1944年に設立された世界銀行ですが、「銀行の融資プロジェクトにおける部族民に関する業務規則」(OMS 2.34、1982年)[5]、「先住民族に関する業務規則」(OD 4.20、1990年)[6]、「先住民族に関する業務政策」(OP 4.10、2005年)[7]といった文書に「自由で、事前の、十分な情報を得た上での同意(free, prior, and informed consent)」の記述があります。(2005年の最後の文書では、この手続きの力を恐れて、consentではなくconsultationに変わりました。)

世銀がなぜ、この早い時期に、先住民族の「同意形成」に注目したかといえば、もしこの点をおろそかにしたまま融資を進めて、相手政府と先住民族との間でトラブルが起き、結果的に融資したお金の返済ができなくなってしまう恐れがあるからです。

日本でも、たとえば国際協力銀行の「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」(2003年策定、2009・2015年改訂)[8]に〈プロジェクトが先住民族に影響を及ぼす場合、先住民族に関する国際的な宣言や条約の考え方に沿って、土地及び資源に関する先住民族の諸権利が尊重されるとともに、十分な情報に基づいて先住民族の合意が得られるよう努めねばならない〉(2015年版p14)とあります。

実は私は、国際協力銀行の2003年のガイドラインの策定作業に、先住民族の専門家として関わった経験があります。先住民族の権利にやっと関心が向き始めた時でしたが、そのさい議論したのは、世界銀行の手続きを参考に、次のような点でした。F・P・I・Cの順にお話しします。

まず「Free(自由で……)」。同意するかどうかを判断するにあたって先住民族側が完全に自由でいられるためには、恐喝、買収、政治的圧力などがない、という意味です。集団としての先住民族に同意形成を求める場合、一部の権力者を懐柔して内部分裂を引き起こし、反対派は少数だからという構造を作ることも少なくありませんが、これは、とても「自由な判断」とは認められません。

次は「Prior(事前の……)」。その事業計画がすでに公式に承認され、動き出してからこれをやるのではない、ということです。決定したことだから反対しても無理、もうこれだけ資源を投入しているのだから、見直しはありえない、と言わせない時期までさかのぼって交渉が始められなければなりません。先住民族との交渉は、事業計画が承認された時点からではなく、発表された時点から始めなければならない、ということです。

そして「Informed(十分な情報を得たうえでの……)」は、計画する事業によって、先住民族がこうむるかもしれないネガティブ(不利益)な影響の可能性についての情報も伝えなければなりません。そのさいに使用する言語にも配慮が必要です。先住民族側がきちんと理解できる言語を使うこと、さらにいえば、難解な専門用語を使った交渉が必要な場合には、先住民族側が弁護士や専門家を雇用する機会や費用を、計画者側が必ず保証しなくてはなりません。例えば、山間にダムを作るのであれば、事業者と別に、土壌や河川の専門家を先住民族が雇うことができます。

このような同意形成がもし誠実に履行されたら、先住民族側にとって、かなり大きな力になる可能性があります。

研究する側に求められる倫理

ただし、今回の私たちのプロジェクトが「調査・研究」を進める際に求められているのは、こうした「同意形成」の手続きだけではないでしょう。個人のアイヌに協力を求める、いわゆる「研究倫理」の方こそ大事、といえるかもしれません。

研究者が大学などの所属機関から厳密な倫理規定遵守を求められるようになったのは、意外に最近です(日本は、その点まだ十分とはいえません)。図書館の壁によく、聖書を原典に「真理がわれらを自由にする[9]」の銘板がかかってますよね。世界的にみても、従来は「科学技術研究は研究者の良心に従って自由に行なうべき」と考えられて、「研究する側の自由」のほうに重点がおかれていました。しかし、ハリウッド映画が描くようなマッドサイエンスが、ナチス・ドイツや大日本帝国などで実際に行なわれてしまいます。欧米では1970年以降、大学などに所属する研究者は、あらかじめ第三者機関(倫理審査委員会など)のチェックを受けることが義務づけられるようになります。

やや遅れて日本でも、まず1980年代に医学やバイオテクノロジー系の研究分野で導入が図られます。実体験を少しお話しすると、私の家族が大きな手術を受けることになった2004年ごろ、本人と家族は、外科医(主治医)と麻酔医からいわゆるインフォームド・コンセントを求められました。この時の医師たちからのインフォーム(事前の情報提供)は、手術によって改善することと、逆に手術を受けることによるさまざまなリスクについて、すごく丁寧な説明だったという印象を覚えていて、最後に手術同意書にサインしました。専門家である医者が、医学的知識のない患者を見下すという日本の悪しき伝統が変わったんだなという思いでしたが、医療機関にすれば、医療事故やそれにともなう訴訟リスクへの備えという意味合いが強かったのかもしれません。日本でインフォームド・コンセントというと、医師・医学者が患者・被験者を対象に行なうもの、というイメージがあるのは、研究倫理導入時のこうした経緯によるものだと思います。

研究倫理指針の実例

現在では、研究倫理の徹底は他分野にも広がって、たとえば厚生労働省・文部科学省・経済産業省が「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(2021年制定、2022年改訂)[10]を、また日本学術振興会が「科学の健全な発展のために-誠実な科学者の心得-」(2015年)[11]をつくっています。その「心得」を各個の研究者がインターネットを介して学べるように、日本学術振興会は「研究倫理eラーニング」(90分)[12]を提供していて、国内すべての大学の研究者と大学院生は、毎年の受講と修了証の所属研究機関への提出を義務づけられています。国立研究開発法人科学技術振興機構[13]や日本学術会議[14]も、それぞれ研究倫理の徹底を訴えています。

3月まで私も大学教員でしたので、毎年「eラーニング」を受講していました。その体験からいえば、日本学術振興会のいう研究倫理は、不正行為に対する戒めが中心です。なかでも忌避すべき不正行為は「捏造:Fabrication」「改竄:Falsification」「盗用:Plagiarism」、英語の頭文字を並べて「FFP」と称されていました。それらに加えて「公的資金の不正使用」――業者との癒着とかカラ出張のような横領とか――に特に厳しい目が向けられています。

一方、まさに日本の「アイヌ学者」たちがアイヌ側から長らく指弾を受け続けている「被験者の人権保護」については、日本学術振興会の倫理観はまだまだ甘いと感じます。さっき、医療機関が患者や家族のインフォームド・コンセントをとることに「訴訟リスク対策の側面がある」と話しましたが、どうも日本の研究機関の倫理対策は「トラブルを避けるため」というのが主目的化してしまっている気がします。

ついでにいうと、eラーニングは各章の最後で「理解度をはかる確認テスト」を受けさせられるのですが、満点じゃなくても――70点くらいだったかな――修了証をもらえます。

ベストな同意形成とは

さてこんどは、私自身が被験者の立場になった時の経験をお話ししましょう。以前、米国のワシントン大学やオーストラリア大学の社会学研究者のインタビュー(聞き取り調査)を受けた時、それぞれ研究倫理指針の手続きに則ったインフォームド・コンセントを求められました。米国の研究者の場合は、英語で書かれた分厚い説明書類を手渡されて、面食らっていたら、目の前で読み上げてくれました。記憶を頼りに当時の彼の説明を列挙すると、こうなります。

  1. 自分は何者かを明らかにする
  2. 調査・研究の主体、目的、内容などを明らかにする
  3. 協力の内容を明らかにする
  4. 協力によって生じるメリット・デメリットを明らかにする
  5. 文字起こし後にインタビュー内容の事前チェックを約束する
  6. 調査結果がどう使われるかを明らかにする
  7. 以上を踏まえたうえで、調査に協力してもらえるかの合意をとる(署名による確認)
  8. 協力内容がどの文脈で使われたかを説明する
  9. 成果を本人に渡す

――といったことでした。

(補足 欧米の先進的な大学の最近の手順では、録音・録画データの取り扱いについて説明する/データへのアクセス権を保証する/たとえ合意書類に署名した後でも、いつでも同意を撤回できることを保証する/第三者の意義申し立て先を伝える/研究成果が書籍などとして講評された後の撤回は難しいことを伝える、といった項目が追加されています)

個々の研究者がきちんと研究倫理を遵守できているかどうか、大学が計画や同意書を審査して可否を判断する、という仕組みです。こちらの手続きの方が、われわれが参考にすべき手続きだと思います。欧米に比べると、(研究被験者の諸権利の尊重に対して)日本の大学はそこまで徹底していないという印象を持っています。しかし、欧米の手続きでは、例えば、調査・研究の目的、内容が詳細に書かれていて、まるで家電についてくる分厚いマニュアルを延々と読まされるような感じにもなります。その点は、欧米流のやり方を参考にしながら、われわれのやり方を創意工夫する必要があると考えています。

いずれにせよ、これまでの経過やいろいろな前例を踏まえながら、私たちのプロジェクトとしてベストを尽くしたいと思います。


[1] 第3条 自己決定権
先住民族は、自己決定の権利を有する。この権利に基づき、先住民族は、自らの政治的地位を自由に決定し、ならびにその経済的、社会的および文化的発展を自由に追求する。
Article 3
Indigenous peoples have the right to self-determination. By virtue of that right they freely determine their political status and freely pursue their economic, social and cultural development.

[2] 第10条 強制移住の禁止
先住民族は、自らの土地または領域から強制的に移動させられない。関係する先住民族の自由で事前の情報に基づく合意なしに、また正当で公正な補償に関する合意、そして可能な場合は、帰還の選択肢のある合意の後でなければ、いかなる転住も行われない。
Article 10
Indigenous peoples shall not be forcibly removed from their lands or territories. No relocation shall take place without the free, prior and informed consent of the indigenous peoples concerned and after agreement on just and fair compensation and, where possible, with the option of return.

[3] 第29条 環境に対する権利
2 国家は、先住民族の土地および領域において彼/女らの自由で事前の情報に基づく合意なしに、有害物質のいかなる貯蔵および廃棄処分が行われないことを確保するための効果的な措置をとる。
Article 29
2. States shall take effective measures to ensure that no storage or disposal of hazardous materials shall take place in the lands or territories of indigenous peoples without their free, prior and informed consent.

[4] 第32条 土地や領域、資源に関する発展の権利と開発プロジェクトへの事前合意
2 国家は、特に、鉱物、水または他の資源の開発、利用または採掘に関連して、彼/女らの土地、領域および他の資源に影響を及ぼすいかなる事業の承認にも先立ち、先住民族自身の代表機関を通じ、その自由で情報に基づく合意を得るため、当該先住民族と誠実に協議かつ協力する。
Article 32
2. States shall consult and cooperate in good faith with the indigenous peoples concerned through their own representative institutions in order to obtain their free and informed consent prior to the approval of any project affecting their lands or territories and other resources, particularly in connection with the development, utilization or exploitation of mineral, water or other resources.

[5] 1987. Tribal Peoples and Economic Development: A Five-Year Implementation Review of OMS 2.34 (1982-1986) and a Tribal Peoples Action Plan. Office of Environmental and Scientific Affairs. Washington, DC: World Bank.

[6] Operational Directive Indigenous Peoples, THE WORLD BANK OPERATIONAL MANUAL September 1991

[7] Operational Manual OP 4.10 - Indigenous Peoples

[8] https://www.jica.go.jp/environment/guideline/archives/jbic/guideline/pdf/kankyou_GL.pdf2022年4月8日閲覧

[9] もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。(ヨハネの福音書8章31節―32節)

[10] https://www.mhlw.go.jp/content/000909926.pdf2022年4月8日閲覧

[11] https://www.jsps.go.jp/j-kousei/data/rinri.pdf2022年4月8日閲覧

[12] https://elcore.jsps.go.jp/top.aspx2022年4月8日閲覧

[13] 研究開発に携わる皆様へのメッセージ ~公正な研究活動をめざして
https://www.jst.go.jp/researchintegrity/index.html2022年4月8日閲覧

[14] 科学研究における健全性の向上に関する検討委員会
https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/kenzensei/kenzensei.html2022年4月8日閲覧


2022年4月4日の非公開勉強会での話題提供から。構成・平田剛士