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更新日 2023/01/17

International Gathering of Indigenous Salmon Peoples に参加して

七座有香 サイモンフレーザー大学 考古学部博士課程

Shichiza Yuka

はじめに

私はブリティッシュコロンビア州のバンクーバーの近くにあるサイモンフレーザー大学考古学部の博士課程に所属しています。博士課程では、北海道のアイヌの人々の祖先の遺跡から出土したサケ類やマダラなどの魚の骨の古代DNAの分析を通して、過去の漁労や環境変動の復元などに取り組み、長期にわたる人と魚の関わり合いを研究しています。また、この研究の成果をアイヌの人々にとって意義のある形で活かしたいと考えています。今回、こちらのイベントについてのお知らせを目にし、近くに住んでいる利点を活かして参加してきました。ラポロアイヌネイションをはじめアイヌの方々が参加できれば大変良かったのですが、私が学んだことをぜひ共有させていただきたいと思います。集会の概要、プログラムや運営の特徴や特に心に残ったことなどを紹介します。


集会の概要

今回の集会は10月1日から3日にかけて、カナダ、ブリティッシュコロンビア州、バンクーバー地域の先住民族の一つであるマスキーム族の居留地にある文化センターで行われました。現在太平洋、大西洋、北極周辺の様々な地域で経済的な利益の追求のためにサケ資源の持続可能な管理や先住民族の権利が蔑ろにされていることをうけ、この集会は文化的、経済的にサケと重要な関わりのある各地の先住民族の代表で集まって、サケの資源管理やサケとの関わりについてお互いの事例を話し合うために企画されたものです。また、共同で、サケの資源管理における先住民族の役割や漁業の権利を追求することも目標にされていました。

集会は、カナダの各地の先住民族やスカンジナビアのサーミの人々のサケ漁に関する組織や、ブリティッシュコロンビア大学の先住民族漁業センター、ノルウェー北極大学に所属する先住民族の研究者、そしてホストであるマスキーム族のコミュニティによって企画されました。現地での参加者はカナダ、アメリカ、フィンランド、スウェーデン、ノルウェイ、ロシアの先住民族や先住民族と共に活動する研究者、コーディネーターなどでした。またズームで配信されたプログラムでは、さらに様々な参加者がいたようです。

Shichiza Yuka

プログラム

3日間のわたるプログラムは、まずマスキームの方の歓迎の挨拶から始まり、3組のカナダの先住民族のグループの歌、踊り、ストーリーテリングのパフォーマンスが行われました。その後、メイン料理がサケのディナーがふるまわれつつ、オープンマイクとして、先住民族の参加者が誰でも自由に発言できる時間が設けられました。様々な参加者が自分のコミュニティのサケにまつわる昔話、歌、踊り、個人的な思い出などを共有してくれました。2日目は各地の先住民族からのサケ管理に関する現状、取り組みと課題の報告が行われました。この日は、プロのアーティストが各セッションの内容をアートでまとめ、視覚的にもセッションの学びを深めてくれました。また、この日はテーブルごとのグループで、今後この集会でどのようなことを目指していくべきかなどを話し合うディスカッションのアクティビティが設けられました。最終日の3日目は、先住民族と、先住民族と共に立つアライの研究者からの科学、政治、法、資源管理に着目した報告が行われました。

Shichiza Yuka

多くの地域に共通する懸念

今回集会への参加を通して、地域ごとに様々な事情があり、特色ある取り組みが行われていますが、多くの地域で共通する懸念がいくつかあることに気づきました。

まず、様々な地域の人々が大変な危機意識を持ってサケ資源の保全を考えていることが伝わりました。近年、シベリア、北米太平洋岸、大西洋岸、スカンジナビアの各地でサケの大幅な減少が起こっています。例えば、会場になったブリティッシュコロンビア州では、異常気象のサケへの影響が大変問題になっています。この地域は例年秋冬はほとんど雨ばかりの気候ですが、今年はつい一週間ほど前までほとんど雨が降リませんでした。川に十分な水がないせいで遡上してきたサケが産卵場所に着く前に大量に死んでしまう事例が多数起こりました。やっと雨が降り始めましたが、4年後のサケの資源量が大変気掛かりな状態です。

また、ロシアのカムチャッカ半島、アムール川流域の人々や北極圏のサーミの人々、カナダの大西洋側の人々からも資源量の減少が報告されていました。

環境変動だけでなく、経済的な利益のみを追求する大規模漁業や、先住民族でない釣り人が漁業権を買って釣りをすることなどが原因で、伝統的に川で漁業をしていた先住民族が資源管理を行えない状況になっているそうです。

加えて、各国政府の対策が不十分で、先住民族を意思決定から締め出していることに多くの批判がありました。例えば、サーミのテリトリーを流れるいくつかの川で資源の減少を理由にここ数年政府によってサケ漁が完全に禁止され、サーミの先住民族としての権利が無視され声が全く反映されなかったことへの批判が報告されていました。

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先住民族による資源管理

これらの問題を受け、多くの先住民族が資源管理を自分たちで行うことに取り組んだり、それを目指した取り組みを始めたりしています。コミュニティや先住民族の連合で、自分たちでモニタリングを行ったり、専門家を雇ったりして資源管理のキャパシティを育てているそうです。何千年もサケをとって暮らしてきた先住民族は、伝統的に持続可能な資源管理を行う知識を維持してきました。カナダの多くのコミュニティでは、資源管理は7代先の子孫のことまで責任を持って取り組まなければならないという言葉があります。

また、他にも多くの先住民族の伝統知では、海、山、川の生態系や資源管理を一つのつながったものとして考えているそうです。しかしながら、各国の政府の水産資源管理は、科学的なモニタリングをおこなった場合でも多くの場合魚のことのみに着目して、全体の環境のアセスメントやマネジメントが不十分であることが指摘されていました。一例としては、カナダの水産庁などの行政が縦割り式でサケの資源管理に林業の影響を考慮せず、森林伐採のせいで川の環境が悪化していることを見落としていることが挙げられました。

このギャップを解消するために、多くのコミュニティでは、伝統知と高等教育の学問の融合で、資源管理に関する権利を回復しようとしています。今回の集会では主催者を含めて、多くの先住民族の参加者が法、歴史、環境生態学などを専門にした研究者でした。彼らは、先住民族の伝統的な資源管理を現在の法として政府に認めさせることや伝統的な環境生態学の知識に科学的な裏付けを得て証明することに取り組んでいます。参加者や主催者から「大学などで専門教育を受けて、能力を証明しなければ政府や科学者から意見を尊重する価値のある相手として見てもらえない」「政府にとって一番怖いのは高等教育を受けた先住民族だ」という発言がありました。先住民族が植民地主義の構造のせいで他者の物差しでキャパシティを判断されるのは大変理不尽なことですが、参加者の多くは教育をツールとして捉えアクティブに権利の向上を求める取り組みを行っていました。

Shichiza Yuka

参加者との交流

様々な地域からの発表を聞いた学びに加えて、他の参加者との交流も大切な経験になりました。会場になった大変美しいマスキームの居住地で川を眺めたり、外の芝生で昼食をとったりしながら素晴らしい時間を過ごしました。私が個人的に、特に感激したのは、ブリティッシュコロンビア州のオカナガン出身のある女性との出会いでした。彼女は、自分のコミュニティのサケ漁の歴史や過去の生態を明らかにしたいので大学院で古代DNAやその他の分子生物考古学を勉強したい、という目標があり、私の専門のことを知っている主催者の一人が紹介してくれました。自分のコミュニティの人と環境の関わり合いの歴史を自分で明らかにしたい、という姿勢が大変素敵でした。これまで私が出会ったアイヌの人々では自分で考古学をやりたいという意見は耳にしたことがなかったので、ブリティッシュコロンビアではここまで考古学が身近になっていることを大変羨ましく思いました。

Shichiza Yuka

運営の工夫/歌、踊り、ストーリーの共有

また、今回の集会では、運営の工夫も興味深かったです。運営の人たちは先住民族の参加者が安心して話ができる場を作ることに大変心を砕いていた印象を受けました。

まず初日にホストであるカナダ西海岸地域の先住民族のグループのパフォーマンスが行われ、食事を共にすることで、和気藹々と打ち解けた雰囲気がつくられました。また、オープンマイクで参加者が自発的に歌や踊り、昔話や個人的な経験を共有する場も重要な取り組みだと感じました。中には、亡くなった家族との思い出を涙ながらに話してくれる人もいました。また、セッションの内容がアーティストの表現によって可視化されて、会場に展示されたことも発表をより消化しやすくなったり良い雰囲気作りに役立ったりしていました。大変今後の参考になる取り組みだと思います。

Shichiza Yuka

今後の展望

今回の集会の今後の展望としてグループディスカッションから、サケに関する先住民族の権利宣言を作りたい、この集会を通して生まれたネットワークを維持するためにコミュニケーションとコラボレーションの仕組みを作りたい、若者の活動への参加を促したいという声が上がりました。そして、まだ希望の段階ですが数年内に第2回がサーミのテリトリーで開催されるかもという話が上がりました。第2回はぜひラポロや他の地域のアイヌの人々の参加が叶うことを願います。

Shichiza Yuka

2022年10月31日、「森・川・海のアイヌ先住権研究プロジェクト」オンライン学習会スピーチ予稿。


© Shichiza Yuka