図書カード:No.00027
文献名 | 北海道鉄道百年史 上巻 |
文献名よみ | ほっかいどうてつどうひゃくねんし じょうかん |
編者名 | 日本国有鉄道北海道総局 |
編者名よみ | にほんこくゆうてつどうほっかいどうそうきょく |
発行 | |
初版発行日 | 1976年3月30日 |
調査に使用 | 1976年3月30日初版 |
(同書p3から転載)
編さんにあたって
北海道に鉄道が敷かれたのは、明治31年11月、手宮〜札幌間の35.9キロがその初めて、2年後の明治15年には、札幌〜幌内間が完成、“幌内鉄道”が全通した。
以来ほぼ一世紀、各地に敷かれた鉄道は、北海道開拓の先駆として輝かしい足跡を残してきたが、この道内国鉄の歴史を明らかにして、長く後世に伝えるため100年史を編さんしようという方針が決められたのは昭和47年5月のことである。
たまたまこの年は、国鉄開業100年に当り、各種の記念行事が計画、実施されたが、その一つとして、本道鉄道開通100年の昭和55年を目途に「北海道鉄道百年史」を刊行しようということになったものである。
その方針を受けて、昭和47年11月、総局に“百年史編さん委員会”が設けられ、続いて同年12月には、交通史研究家として道内はもとより、全国的にも広く知られている梅木通德氏を編さんのための専任の嘱託として迎え、そのあと、鉄道友の会道支部長・小熊米雄氏らに編さん委員として加わっていただき、具体化に一歩を進め、編さん発行の基本的な方向も少しずつ固められてきた。
全体を通しての発行計画は、上・下2巻に分け、明治・大正編を上巻に、昭和年代を下巻とし、これに資料として統計・年表を付そうというもので、上巻を昭和50年度に発行、下巻及び附属の資料は道内鉄道開業100年に合わせて完成させようという遠大なものであった。
こうしたなかで、編集作業を本格的に進めるため、百年史編さん室が設置されたのは、昭和49年8月のことで、その構成メンバーは専任の嘱託1名、課員3名であった。
しかしながら、編さんの作業は極めて大がかりなものであるばかりでなく、確かな考証を土台に記述の正確を期することは欠くことの出来ない要件とされた。そのため、ひとり国鉄のみならず各界に現存する資料を発掘し、これを活用することが大きなウエイトを占めたが、幸いにして前記梅木通德氏が長年にわたって収集された膨大な資料をそのまま提供され、とくに上巻の土台を構成する上で、測り知れない助けとなったことを特筆したい。
これに加えて、北海道庁行政資料課に保存されている数百点にのぼる関係古文書をはじめ、北海道大学の北方資料室や道内各都市の図書館等の資料を丹念に見直したことから、たとえば、駅の開業年月日、蒸気機関車の輸入年月日など、従来定説とされていたもので、修正されたものが数多い。
また先ごろ、アメリカにおいて発見された手宮駅最古の写真など珍らしい写真を数多く収めたことや、おもな年代ごとに蒸気機関車の配置を明らかにしたり、空白の多かった基本となる統計を、ほぼ完全にまとめることが出来たことなどは、注目されるべき成果であると自負している。
申すまでもなく、本史のような出版物は、多くの人に読まれることが望まれる反面、業務上の参考資料あるいは学術的な資料としての性格も合わせもつことが求められる。
そのため、全体を通して、単なる事実の年代的羅列にならないように注意することはもちろん、事がらの発生原因、生成、発展の過程あるいはその時代の世の中とのかかわりあいなどを明らかにするよう努めたつもりである。しかしながら資料が限られていることなどから意を尽くせない部分もあったし、事がらによっては、記述に精粗・繁簡の違いが残されたが、各位の御批判、御意見をいただいて今後に期したいと願っている。
いろいろな曲折を経て、昭和50年春には基本となる稿本が完成、そのあとはほぼ1年間にわたり、再度考証を繰り返し、同年末には原稿が確定、印刷刊行の運びとなった。この間昭和50年6月から、各分野の大先輩である次の方々に編集委員に加わっていただき、より広い視野で稿本の見直しをお願いしたが、それぞれ大へんお忙しい中にあって、数々の貴重な御意見、御指導を賜わったことを厚く御礼申しあげたい。
鵜近庄次郎氏 白川部實氏 濱崎勇雄氏
中村立司氏 野村信一氏 小宮山猛氏
服部忠雄氏
また、編さん委員会の各委員、幹事、あるいは貴重な写真・地図等各種資料の提供を受け、御協力をいただいた部内外の方々に心から謝意を表する次第である。
以上、本史編さんの経緯を簡記したが、編さん室の関係者は、上巻編さんのかたわら、すでに下巻(昭和編)の資料収集、原稿の作成にとりかかっている。とはいえ関係資料の収集については、終戦の前後を含め、明治・大正の両時代とは全く質の違った難しさが横たわっており、ことにかって手を染めたことのなかった、本道の鉄道と関係の深い“樺太鉄道”についても明らかにすることとしているところから、上巻にも増して地道な努力が求められているものと思われる。
大正10年、鉄道省で編さん発行した「日本鉄道史」の奥書で、時の石丸鉄道次官が「編史の難は鉄道を敷くの難より難し」と述べられている。本史編さんの関係者は、それぞれにこの言葉の意味をかみしめているところであるが、今後道内鉄道100年に向って続けられる私どもの事業に、内外関係各位の絶大な御支援と御協力を心からお願いしてやまないものである。
昭和51年3月
北海道鉄道百年史編さん委員長
日本国有鉄道北海道総局副総局長
武藤 格